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CONNECT #10 Haruna Inagaki(イラストレーター)

2022年7月5日(火)から24日(日)までの間に当館の3階で展示するのは、神奈川県伊勢原市育ちのイラストレーター稲垣晴菜さんが描く、心がぽっと温かくなるイラストたち。

▲展示風景

「colored collar series(カラード・カラー・シリーズ)」というタイトルでくくられた彼女の作品たちに描(えが)かれているのは、彼女が大好きだという沖縄の風景。沖縄と聞いて海を真っ先に想像する人も少なくないかもしれないが、彼女が描(えが)くのは沖縄の食堂やスナック、スーパーと、その地の暮らしが見えてくる風景である。

彼女の独特な着眼点からは、彼女が作品を通して伝えたいストーリーが浮かび上がってくるように感じた。

▲稲垣晴菜さん

絵を描くことが苦手だった

1996年、神奈川県伊勢原市生まれの晴菜さん。2020年までは東京学芸大学で教育学部に属しながら美術を学んでいた。イラストを描き始めたのは在学中かと安易に想像していたら、在学中はほとんど本格的なイラスト制作はしておらず、もっというと絵を描くことに苦手意識すら抱いていたという彼女の言葉に驚いた。

「自分のなかに描きたいものがないタイプの子どもで、もともと絵を描くことにはあまり興味がなかったんです。でも大学でデザインを勉強していくなかでパッケージやポスター、絵本などを見る機会が増えて、イラストレーションという分野があることに気づきました。イラストレーションには絵画とはまた違うデザイン的な要素があっておもしろいなと感じたんです」

ただ当時はイラストを描くには絵がうまくないといけない、スタイルが確立していないといけない……などいくつかの条件をクリアしないとはじめられないような印象があり、なかなか踏み込めずにいたという。

そんな考えをひとまず横に置き、絵の具を手にしたのは2021年頃。服飾の専門学校で、デザイン科目の講師の助手として勤務しはじめたときだった。

「そのとき圧倒的に自分のなかにストックが足りないような気がして、教えることに違和感を感じはじめました。私もつくる側にまわりたいと思い、絵の具を使って描くことをはじめました」

最初にキャンバスに現れたのは沖縄の建物だった

まずは好きなものを描いてみようと、絵の具を紙に乗せていった。そのなかで一番しっくりきたのが、大好きな沖縄の建物やモノだった。それらの完成形が、今回当館で展示していただく「colored collar series」である。

▲「colored collar series」より、珈琲香房のイラスト。「colored collar series」は日頃洋服を見ていて、襟や袖がメイン(身頃)とは違う素材や色になっていることを絵に落とし込んでみたらどうだろう?という好奇心から、生まれたシリーズだそう。カラードカラーシリーズ(色つき襟)というシリーズ名は、ダジャレが好きというところから生まれた

「沖縄の風景や建物には地元の人たちが作ってきた歴史や文化が感じられて、それらは愛でられるべきものだろう……と個人的に思っていました。東京のビルではなく沖縄の建物を描きたいと思ったのは、おそらくそういう思いがあったからだと思います」

晴菜さんのインスタグラムのアカウントにも投稿されている作品の一つひとつには、描かれた景色やモノに紐づくストーリーが丁寧に添えてある。読んでいくとどの作品にも分け隔てなく深い思いがあるように感じたが、一番印象に残っているものを選ぶとしたらどれですかと尋ねると、「あ〜首里劇場ですかねぇ」と返事が返って来た。

首里劇場。沖縄最古の映画館だ。1950年より営業をしてきたものの、3代目館長の金城政則さんがこの世を去ってからは継ぐ先が見つからず、2022年の4月に惜しまれながらも閉館した。建物は営業していたころからずいぶんと老朽化が進んでおり、晴菜さんいわく雨が館内にぽたぽたと垂れるどころか、滝のように館内に流れ込んでいたという。

▲晴菜さんが撮影した首里劇場

もともとは沖縄芝居や時代劇芝居、邦画や洋画を上映していたそうだが、1970年代以降は映画の人気が低迷し、ピンク映画の上映に切り替わっていた。晴菜さんがはじめて首里劇場に足を運んだのは、まさにこのピンク映画の時代だった。建築がおもしろいと聞いて彼と向かったものの、ピンク映画を見るかにはさすがに迷ってしまい、悩んでいる間に金城館長に声を掛けられた。

▲晴菜さんが撮影した金城館長

二人で入るなら割引するというのだ。そう提案されたかと思うと、次に晴菜さんに向けられたのはこの一言だった。

「気が進まないなら見ないほうがいい」。

絶妙かつ媚びない言葉に、晴菜さんの中で笑いが起きた。

数カ月後、再び首里劇場に足を運んだときには、名画座の上映に切り替わっていた。晴菜さんが「ピンク映画はもうやらないんですか」と館長に尋ねると、返って来たのは「原点回帰」、ただそれだけだった。

「私的に沖縄で一番おもしろい場所だなって思ってたので、もっと行きたいなと思っていたんですけど(笑)。いきなり亡くなれてしまって残念です」

▲晴菜さんが、まだ首里劇場が営業していたころに描いた作品

首里劇場以外にも、沖縄のスーパー「りうぼう」について、道端で出会ったスナックを営むおばあさんについて……晴菜さんのイラストにさらなる深みを与えるストーリーは、彼女が在廊する7月の週末(23日、24日を除く)にぜひ聞いてみてほしい。

次なる天地はノルウェー

沖縄に深い愛情を抱く晴菜さんの次なる行き先はノルウェーだ。沖縄特有の常夏ムードからガラリと変わるような気もするかもしれないが、実は晴菜さんは大学3年生の頃にスウェーデンに1年間留学をしていた。北欧は少しばかり親しみがある土地で、もう一つの居心地のいい場所だという。

▲晴菜さんが留学していたころからの一枚

進学される大学院では、デザインの修士課程の一環として、ビジュアルコミュニケーションというプログラムを受講する予定だ。社会問題を提起するような作品づくりができるプログラムだという。

単純にかっこいい・かわいいデザインではなく、社会福祉や歴史を魅力的に見せていくためのデザインは、晴菜さんが東京学芸大学の環境プロダクトデザイン研究室で学び、関心を持ったことでもある。ノルウェーで見つけたこのプログラムは、晴菜さんが東京学芸大学で学ばれたことの延長線上にあるようにも思える。

プログラム自体はまだはじまっていないが、取り上げたいテーマなどはすでに晴菜さんのなかにあるのだろうか。

「今は土地の暮らしや歴史、伝統……あまり日が当たらないものがちょっとでも魅力的になるようなことをデザインできたらいいなとは思っています。

特に今気になっているのは、人種を問わない高齢者の人たちのストーリーです。昨年の12月に私の祖母が亡くなり、遺品を整理していくなかで、彼女の持ち物や写真に暮らしや歴史、文化が詰まっていることを感じました。この人たちの話を聞かずに時が過ぎていくのはもったいない……そういうことをいまは考えています」

晴菜さんは2022年8月から二年ほど日本を離れてしまうが、ノルウェーで制作される作品は個人のインスタグラムアカウントから発信し続けるという。新たな土地で晴菜さんはどんなストーリーにスポットライトを当て、どうやってデザインしていくのだろう。お目見えの日が待ち遠しい。

■稲垣晴菜(イラストレーター)

1996年、神奈川県出身。2020 年東京学芸大学美術科卒業。グラフィックデザインやプロダクトデザインの分野を中心に学ぶ。卒業後、文化服装学院にて美術・デザイン科目の助手を務め、2021 年からイラストレーションの制作を開始。

大学在学中に経験したスウェーデンでの留学以降、暮らしをあたたかく照らす北欧デザインの魅力にとりつかれ、もう一度追求したいという思いから、再び留学することを決意。2022年8 月よりノルウェーにあるベルゲン大学芸術大学院MA in Design, Visual Communicationに進学予定。

■展示情報

(1)「colored collar series」| 2022年7月5日(火)-7月24日(日)15:00-22:00 | エンブレムフロー箱根3F 

(2)「Plastic Free July:プラスチックってそもそもなんで減らしたほうがいいの?クイズ」

2022年7月5日(火)-7月24日(日)7:00-22:00 | エンブレムフロー箱根当館1F 廊下 | 詳しい情報はエンブレムフロー箱根のインスタグラムアカウントをチェック